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国際ロータリー第2530地区 社会奉仕委員会

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震災・原発事故と福島の女性たち 2015

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東日本大震災                              長谷川恵子【会津若松市】
 東日本大震災が起こった時、私は公民館の2階にいた。天井からコンクリートのかけらがバラバラと落ちてきた。蛍光灯ははずれてぶら下がってきた。「机の下に潜って下さい」と言う職員の声に促され、机の下に潜り込んで揺れの収まるのを待った。直後から、携帯電話は不通だった。

母をお願いしている介護施設に行った。そこでは、エレベーターが止まって動かない。避難が始まっていた。車椅子の人を、2階3階から運び下ろすのは容易なことではない。運び出された人は雪の降る中で震えている。私も毛布を配ったり、車椅子を押したり本気になって手伝った。

あれから

 大震災、津波、原発事故と相次いで起こった。ナゼ、ナゼ、、、?テレビ、新聞、講演会、出版物など情報を知りたくて、手当たり次第学習した。

 炊き出しのボランティア等も行い、被災者ともふれ合うことが出来た。

 驚き、混乱、怒り、、、そんな中で、原発をどのように考えるのか、つまり脱原発か、原発を容認していくのか、この二つの考え方が根底に有り、どちらの側に立つかにより、言うこと為すことが大きく違ってきていることがよく判ってきた。マスコミも例外ではない。人生観、価値観が一変してしまうような大転換期を迎えてしまったことを痛感する。

私たちに為すべき事は

 安心、安全と言われた原発が、一時の地震でもろくも崩れ去り、日本中、いや世界中を震撼させた。

 見えない放射能の悪魔に、故郷を追われ、さまよえる人が続出した。放射能の影響は、子どもほど受けやすく、影響を受けた遺伝子は、メンデルの法則によると7代先まで影響を受けるという。

 事故の起こった原発の中で、命がけで作業を続け収束に向けて働いて下さっている人たちは、有り難い存在であるが、日本中の英知や世界の技術を結集しても、計画通りに行かず予測し得ない事態が起こってくる。

 原発はまだ人間の御しきれる範囲の中にはないと思う。

 平和で、人間が安心して暮らせる世の中を作るには、脱原発の姿勢を打ち出して取り組むべきだと思う。エネルギー不足は、原発の再稼働ではなく、再生可能エネルギーの開発を急ぎ、太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスなど身近に引き寄せて活用すべきだ。機会あるごとに、しっかりと意思表示をして行こうと思う。

 また、子どもたちには、正しい放射線教育を行って欲しいと強く思う。大人の都合のいい方向に仕向けていくのではなく、正しい事をしっかり教えて欲しいと願っている。

 原発事故から5年目を迎えたが、原発から約180キロの距離にある沼沢湖のヒメマスは、線量が高くて食べられない。種の保存のため漁協では醇化を繰り返している。風化しそうな中で様々な戦いが現在も続いている。